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若い人、お年寄りという区分

テレビなどで”お年寄りの原宿”巣鴨でインタビューするのをよく見かけます。

そうすると、必ずと言っていいくらいに出てくる言葉があります。なんだかわかるでしょうか。

 

「最近の若い人は~」、「僕ら、私たちの若いころは」

 

という言葉です。

ほんっとによくでてきます、再頻出語句ですね。笑

 

初めて聞いたときは特に気にも留めていませんでしたが、意識的にテレビを見るようになってからは、

どうして口裏を合わせたかのように同じような言葉が出てくるのか、これがお年寄りの総意なのか、などいろいろ考えていました。

その一時的な答えが高校生の時に出ました。それは、”揶揄をしたいだけなんだ”と。

 

最近までこの考え方だったのですが、ある日のことでもう一回考え直してみようと思いました。

高校の時の顧問の先生と久しぶりに話した時でした。僕は陸上部に入っていましたが、高校の中では圧倒的に厳しい部活でした。全国的に見れば全然なのですが、高校の雰囲気がとてもゆるいところだったので、それとのギャップで当時は厳しいと感じていました。

最近の部活の様子を聞いたら、なんと半分以上の子が辞めてしまったそうです。理由は顧問の先生の指導が厳しいからということでした。詳しい話を聞くと、3年間それを経験した僕からすると普通のことように思える訳です。そんなことで辞めてしまうのかとびっくりしました。自分がやりたいことを人に邪魔された(意見の食い違い、人に対しての好き嫌い)くらいで投げ出してしまうのか。

そこで、初めて”自分たちのころはもう少し厳しかった”という言葉が出てきました。

「あぁ、お年寄りの人がいつも抱いていた感情はこれか」

と納得しました。

 

そういう風な言葉を言いたくなる気持ちもわかりました。たった2年でこのような感情が出てくるのだからお年寄りのかたはもっとあるんだろうと思います。でもただ単純に揶揄するだけでなく、時代、環境、思考の変遷を含めて言葉を発することが大切だと感じました。

例えば、バブル期は働いたら働いた分だけ給料がもらえていたと耳にします。その状況であればみんな働くでしょう。現在、その人たちは50歳~、年功序列の日本では比較的良いお給料をもらえていますよね。しかし、今はそうではないのです。給料は上がらないのに物価だけが上がっていくような状況です。こうしたかなり優遇された時代背景をすっ飛ばして、自分の努力の賜物だなんて言われても説得力は一切ありません。

 

なので、今の日本の経済並びに労働状況を含めて語っていただきたいと思っております。そうであれば喜んでお話しを聞かせていただきます。